激震が走った2024年度の業績発表。それは大幅な下方修正と当期純損失という厳しい結果だった。多くの関係者やファンが固唾を飲んで見守る中、日産自動車の新たな舵取り役として白羽の矢が立ったのは、イヴァン・エスピノーサ氏、46歳。エンジニア出身の若きリーダーは、この未曾有の危機にどう立ち向かい、名門企業をいかにして再生へと導くのか。
語り手●イヴァン・エスピノーサ 氏 日産自動車株式会社 代表執行役社長兼CEO
聞き手●村井弦「文藝春秋PLUS」編集長
たしかに日産は厳しい状況にあります。しかし…
――2024年度の通期業績は、第3四半期の見通しから大幅な下方修正になりました。そして、5月13日の決算発表では、売上高が12兆6332億円、営業利益が698億円、そして当期純損失が6709億円という結果が発表されました。単刀直入にお聞きします。日産自動車の経営は大丈夫なのでしょうか。
エスピノーサ 本日はありがとうございます。たしかに、日産は厳しい状況にあります。2024年度の実績は私たちが目指していたものからは、大幅にかけ離れていました。
同時に、私たちは24年度に大規模な減損処理を行いました。ただ、これは実際にはキャッシュの損失ではなく、企業の資産価値を現在の実質的な価値に再調整しているに過ぎません。新しい計画を再スタートさせるために必要であり、固定費をより削減し、会社をより良い未来へと導くために必要な調整でした。
――そもそもなぜ日産自動車はこのような苦境に陥ってしまったのでしょうか。外的な要因以外に、日産固有の具体的な要因とはなんでしょう?
エスピノーサ この問題は新しいことではなく、残念なことに、過去10年ぐらい抱えてきた問題です。
当時、日産の経営陣は800万台規模の販売台数を目標に掲げ、車両の生産能力、パワートレインの生産能力、人的資源など、多くの投資を行ってきました。しかし実際は、残念ながら販売台数は800万台には届かなかった。私たちが今やっていることは、会社の規模を現在の現実の規模に再調整することです。
企業文化の大きな変革も進めています。開発期間の短縮や、社員の士気向上にも取り組んでいます。課題は多くありますが、新たな経営陣が、この計画を実行するための適切な人材とリソースも揃えて進めています。将来に向けて魅力的な商品ポートフォリオもあります。これらが計画を前進させる大きな力になると確信しています。

1978 年メキシコ生まれ。2003年にメキシコ日産自動車会社に入社。タイ日産自動車会社、日産インターナショナル社などを経て、16 年日産自動車プログラムダイレクター就任。同社の常務執行役員、専務執行役員、チーフ プランニング オフィサーなどを経て、25年4月より現職。
私は日産に人生を捧げてきた。だからこそ日産を再生させる
――非常に厳しい時期でのCEO就任です。46歳という若さでの大抜擢ですが、打診されたときに迷いはなかったのでしょうか。
エスピノーサ 個人的にはあまり迷いませんでした。私は24年前、工学部の学校を卒業してすぐに日産自動車に入社して以来、自分の人生をこの会社に捧げてきました。
日産という会社が、世界中を飛び回り、さまざまな役割を担う機会を数え切れないほど私に与えてくれ、私をプロフェッショナルにしてくれました。だからこそ、日産を再生させる支えとなることに強い責任を感じています。
もちろん家族のこともありますから、難しい決断でもありました。家族とも話し合い、特に妻とは深く話し合いましたが、妻は日産が私たちにしてくれたことを理解してくれ「あなたがその気なら、そうしよう」と言ってくれました。妻は私を全面的にサポートし、この決断にコミットしてくれています。
――ぜひCEO個人の、これまでの人生についても伺いたいのですが。どのような子ども時代、学生時代を過ごしてこられたのでしょうか。
エスピノーサ 元々エンジニア一家なんです。祖父もエンジニア、父もエンジニアでしたので、ご想像いただけると思いますが、常に車が周りにある環境で育ちました。週末は父と一緒にブレーキパッドの交換やスパークプラグの交換、ブレーキ、サスペンション・システムの交換など、車の整備に明け暮れ、そこで車について多くを学びました。それは情熱として、次第に私の中で大きくなっていき、メカニカルエンジニアになり、車に関わる仕事をしようと決意しました。以来、日産でとても魅力的な“旅”をしてきたと思っています。

「え!これが日産車なの?」衝撃を受けた300ZXとの出会い
――なぜ日産自動車という会社に就職しようと思ったのですか?
エスピノーサ 私はメキシコ出身なのですが、私が日産に入るきっかけとなり、実際に日産への愛の始まりとなった特別な理由が1つあります。それは、300ZX(日本名:フェアレディZ)、Z32とも呼ばれる車に出会ったことです。90年代前半、たしか私が14歳か15歳頃のことでした。

当時メキシコでは、日産は信頼性が高く安心して乗れる車作りで知られていましたが、「技術の日産」や「パフォーマンスカー」というイメージはありませんでした。でも300ZXを見たとき、「これは何なんだ?」と、本当に驚きました。デザインの美しさやシンプルさにまず感動し、それから、この車に搭載されているテクノロジーについて調べ始めたんです。内装はまるで戦闘機のコックピットのようでした。本当に本当にすばらしかった。
そして、それが日産の車だと知り衝撃を受けました。「えっ、これが日産なの?」と。日産には、ドイツ車のトップクラスと渡り合えるような技術力がある、と日産に対する見方が大きく変わったんです。
――CEOは、どういう車がお好きですか?
エスピノーサ 私が最も好きな車は、どのように設計され、どのように企画されたかという“ストーリー”が明確な車です。運転席に座って走らせた瞬間に、「ああ、エンジニアたちはここを考えていたんだな」と分かる。しかも、そのすべてが見事に実現されている。これこそが、私にとって車を考える上で一番面白いところなのです。もちろんスポーツカーも大好きですが、それだけじゃない。特に、お客様のニーズへの配慮がどのように車に反映されているのか、その“ストーリー”が明確に感じられる車に惹かれるんです。
再建計画「Re:Nissan」の3本柱とは?
――先日の決算発表では、経営再建計画「Re:Nissan」というものを打ち出しました。この再建計画のポイントはどこにあるのでしょうか。
エスピノーサ この「Re:Nissan」は3つの重要な柱から成っています。1つ目は、コスト構造の削減。これは固定費と変動費の両方に関係しています。2つ目の柱は、サプライヤーや自社エンジニアと協力し、より競争力のある商品にすることを目指して、日産のエンジニアリングリソースをどの分野に優先的に投入するかという「優先順位」を見直しました。そして計画の3つ目はパートナーシップです。自社で投資する必要がないと判断した分野や、小規模なビジネスチャンスやニッチな市場に対しては、エンジニアのリソースを割くことを避け、ルノーや三菱自動車とのアライアンスパートナーシップを活用し、また、ホンダとの協業も検討していきます。
以上が今回の計画における3つの柱です。私たちは2026年度までに5000億円のコストを削減することを目標に掲げています。
――神奈川県の追浜、それから日産車体の湘南工場の閉鎖検討なども一部メディアで報じられました。リストラ策というのは、どのように進めていかれる予定でしょうか。
エスピノーサ 最近メディアで多くの憶測が飛び交っていますが、まずはこの報道を目にした皆さまに、心からお詫び申し上げたいと思います。多くの不安や混乱を引き起こしていることを重々承知しています。
私が皆さんにお伝えしたいのは、私たち日産はこのプロセスにおいて非常に透明性を持ち、明確に対応していくということです。日本だけでなく、世界各国、すべての関係者、地方自治体など、すべての人とコミュニケーションをとり、私たちの計画を理解してもらえるようにします。できるだけ早く、かつ明確に伝えることで、現在生じている不安を最小限に抑えたいと考えています。
――リストラの一方で、限られた経営資源は、どういった分野に投資をしていく予定でしょうか。
エスピノーサ とても重要な質問ですね。はっきりさせておきたいのは、私たちは事業の戦略的な重要分野への投資を止めるつもりはまったくないということです。もちろんコストの最適化に取り組み、十分な価値を生み出していない事業領域については効率化を進めています。
同時に、私たちは事業の重要な分野を守りながら、持続可能な未来を築くための投資を続けています。たとえば、インテリジェントカー、ADAS(先進運転支援システム)、自動運転技術、電動化といった分野です。これらはまさに未来の技術であり、日産が得意とする領域でもあります。持続可能な未来のためにこれらの分野への投資は継続していきます。
新型リーフは素晴らしい車。水滴みたいな形でしょう?
――今年、EV(電気自動車)の新型リーフの発売がありますね。この車の特徴と、CEOの想いを教えていただけますでしょうか。
エスピノーサ 新型リーフは完全に刷新された素晴らしい車です。クロスオーバーと非常に先進的なエアロデザインが融合しています。EVにとってエネルギー効率は非常に重要な点ですから、デザイナーやエンジニアには、エアロダイナミクス(空気力学)に関する非常に高い目標を与えました。ですから、この車はEV市場において最も効率的な車になると思います。

まるで水滴みたいな形でしょう?とても素敵な車なので、一度見たら驚くと思いますよ。コンパクトでありながら、中はとても広々としています。車内には大画面を2つ搭載したツインディスプレイがあって、車のあらゆる情報やナビゲーションシステムを表示できます。走りも非常に静かで滑らかで、きっとお客様にも気に入っていただけるはずです。
――あとは、日産自動車といえば、独自のハイブリッドシステムの「e-POWER」ですよね。
エスピノーサ はい、ちょうど今、e-POWERの第3世代を発売しようとしているところです。e-POWER車は、完全に電動モーターで駆動するので、まるで本当にEVを運転しているような感覚で、とても静かでスムーズです。第3世代は静粛性が向上しただけでなく、特に高速走行時の燃費性能も大きく改善されました。
この新しいe-POWERシステムを最初に搭載するのは、ヨーロッパで発売する「キャシュカイ」で、次世代の「エルグランド」にも搭載し、2026年度に日本市場に導入予定です。


――あと、2025年の8月で、名車として人気のあるGT-Rの生産を終了するということです。これはファンの人たちはとても悲しむと思うのですが。

エスピノーサ 残念ながらおっしゃる通りで、今年、GT-Rの生産を終了することになりました。ですが、私たちはその後継となるモデルについても、積極的に構想を練っているところです。GT-Rは、日産のDNAの中核をなすブランドのひとつですから、簡単に手放すつもりはありません。将来的に何らかの新しい形で皆さんの前に再び登場することを、ぜひ期待していてください。
――また、CEOは就任前の3月に、ホンダとの経営統合について「再協議は排除しない」といったご発言をされていました。今後の提携戦略についてもお聞きできますか。
エスピノーサ ホンダさんとは昨年来、複数のプロジェクトベースで積極的な議論を進めており、今も継続しています。私自身も以前、日産のチーフ プランニング オフィサーとして毎週のようにホンダさんとプロジェクトについて話し合っていましたが、その対話は現在も非常に活発に続いています。
同時に、さまざまな企業を評価し、誰が日産の将来にとって最良のパートナーになり得るかを見極める、戦略的な検討プロセスも並行して進めています。ホンダさんとのさらなる議論の可能性を排除しているわけではありませんが、他の多くの企業も対象とし、日産にとって将来的に価値を生み出すパートナーと対話・連携していく方針です。
お客様を幸せにする会社に。それが私の最大の夢です
――日産自動車は、未来の社会に向けてどんな貢献ができると思われますか?
エスピノーサ たくさんあります。まず、私たちが持っている技術、特にEVに注目していただきたいです。EVは未来の中核を担う存在で、大幅な効率向上とコスト削減が実現でき、さらにはカーボンニュートラルな社会の実現にも貢献することができます。
もうひとつの重要な分野は自動運転の技術です。この分野における社会への貢献も、非常に大きな可能性を秘めています。例えば、日本のように高齢化が進む社会においては、高齢者の移動手段の確保がますます重要になります。将来的にレベル4の自動運転技術が実用化されれば、運転が難しい高齢者にも、安全で便利な移動手段を提供することが可能となります。
そしてもちろん、事故ゼロの世界を作ること。日産の自動運転技術によって、社会を死亡事故ゼロの状態に近づけていく――これが私たちの夢、夢のひとつです。このように、日産が社会に貢献できることは非常に多くあります。
――色々と話をうかがってすごく楽しみになってきました。最後にひとつお訊きしたいと思います。エスピノーサさんは、CEOとしてこの先、日産自動車をどのような企業にしていきたいと思っておられますか。
エスピノーサ お客様に「幸せ」をお届けする会社でありたいと思っています。私にとって最大の喜びは、日産が生み出した商品やサービスを使ってくださるお客様が、笑顔になる姿を見ることです。これはプロフェッショナルとしての素晴らしいやりがいのひとつです。
もうひとつ大切にしているのは、社員が誇りを持ち、働くことに喜びを感じられる会社であることです。自分たちの仕事を通じてお客様を幸せにしていると実感できることが、プロフェッショナルとしての最大の充実感です。私はこの思いを胸に、日産をより素晴らしい会社、お客様から愛され、信頼される企業にしていくことに人生を捧げていきたいと思っています。
このインタビューは、2025年5月22日に行われました。

