「ぶぶ漬けどうどす」。もし京都でこう言われたら、それは「早く帰ってほしい」という意味である――本音と建前を使い分ける京都の県民性を表す際によく聞くエピソードだ。では、実際は? 冨永昌敬監督の映画『ぶぶ漬けどうどす』は、京都を好きになった主人公が、その“建前”に翻弄されながら騒動を引き起こすシニカルコメディだ。

 澁澤まどか(深川麻衣)は、450年続く老舗扇子店の長男(大友律)と結婚し、京都へやってくる。まどかの義母であり、扇子店の女将でもある澁澤環役を演じたのが室井滋さんだ。

室井滋さん

「私は富山の出身なので京言葉が喋れるか少し心配だったんですけど、富山って関西の文化で、言葉も西のイントネーションなんです。それに、体面やしきたりを重んじる地方の感じというのは地元に似ているところもあって、役作りには困りませんでした」

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 美しい街並みや風情ある京町家の商家、義母がおくどさん(かまど)で煮炊きする食事。フリーライターのまどかはそんな京都に惹かれ、老舗の暮らしぶりをコミックエッセイにするため義実家や街の女将さんたちの取材を始める。環や、義父の達雄(松尾貴史)も取材に協力的だ。だが、まどかが店番中にテレビの取材を受けたことで、女将さんたちを怒らせてしまう。

「かわいいお嫁さんが来てくれて嬉しい気持ちと、女将として嫁をちゃんと育てていかなければという気持ち、それから自分自身の本音と。そういった環の心模様は、演じていて難しいと同時に、面白いところでもありました。

 松尾さんは関西の方なので関西弁が滑らかですし、相手の台詞を自然に引き出してくださるので、一緒に演じていて楽しかったです。何を考えているのか分からない“アホぼん”ぶりも、こういう人いるよなと思わせますよね」

 反省したまどかは京都の〈本音と建前〉を学ぼうと先輩女将に指導を請うが、環の本音を読み取ろうとして翻弄される。さらに、まどかとタッグを組む漫画家(小野寺ずる)や不動産屋の上田(豊原功補)、美大の先生(若葉竜也)など個性的な面々が加わり、事態は思わぬ展開に。空気の読めないまどかが暴走した末に待つ、クライマックスの室井さんの芝居は特に見どころだ。

「作中では描かれませんが、環もあの家に嫁いで、おそらく大女将にしごかれてきたんだと思うんですよ。一方で、まどかは空気を読まずに突き進むうちに迫力が出てきて、だんだん何を考えてるのか分からなくなる。どこか“京都人”っぽくなっていくというか……その変化が面白いですよね。映画っていろんな形があっていいと思うんですけど、私はやっぱり、作中で何か大きな変化のある映画が好きですね」

 ロケ地では、偶然の縁に驚いたことがあったという。

「撮影させていただいた扇子店は、私が20年来ずっと好きで使わせていただいているお店なんです。あのお台所もそのお店のもので、火のくべ方やかまどの扱い方を大女将に教えていただきました」

むろいしげる/富山県出身。1981年映画『風の歌を聴け』でデビュー。『居酒屋ゆうれい』(94)、『のど自慢』(99)、『OUT』(02)、『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』(09)などで多くの映画賞を受賞。主な出演作として『大コメ騒動』(21)、『七人の秘書 THE MOVIE』(22)など。音楽や執筆でも精力的に活動し、近著に絵本「タケシのせかい」、エッセイ「ゆうべのヒミツ」、他著書も多数。2023年より富山県・高志の国文学館の館長を務める。

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映画『ぶぶ漬けどうどす』
6月6日公開