『よくわからないまま輝き続ける世界と 気がつくための日記集』(古賀及子 著)大和書房

 2024年8月18日。〈起きて寝室の扉を開けると、寝室よりも廊下の空気が冷えていた。/絶望する〉。〈誰も当たらなかった冷たい空気が、熱帯夜を冷やす。誰もいない〉。そうだ、〈誰も、いない〉なかそれは動いていた。〈朝の家事をすすめながら痛恨だけ味わう〉。汚れたお皿が食洗機に入ったままだ。起きてきた息子に問うと、〈食洗機は最後の夕食を終えた自分がかけるべきで申し訳なかった〉が、それは覚えがないという。だから、誰も忘れないように、赤のマジックで紙に書いた。〈最後の人はクーラーを消す〉

 何気ない家族の日常、そこにある煌めき。『よくわからないまま輝き続ける世界と』を上梓した古賀及子さんは、「日記で暮らしたことを書きたいんです」と話す。

「本当はみんな気付いている。忘れてしまうだけ。気付けば大したことない、地味なことですが、それらを掬い取って書けば、みんな思い出すんじゃないかと」

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 8月18日はかねての計画を実行する日だった。それは、かつてどの町にもあった。が、いまやレンタルサービスを行うのは二十数店。最寄りの店へ、川を越えて向かう。借りに来たという実感。整然と並ぶ作品。のれんで区切られた一画はすでにノスタルジック。新作、準新作、旧作のなか、見つけたお目当ての作品には「貸出中」の札……。そう、「TSUTAYA」である。

「ふと気付いたら、店舗が急速に減っていて、なくなってしまうと思って、慌てて行ったことを書きました。私の日記“倫理観”として、日記を書くためにあえて特別なことをするのは違うと思っていたのですが、娘が1日1チャレンジといって、思いつかないくらい意味のないことを一生懸命やって楽しんでいるのを見て、私も、1日1個、以前はやっていたけどやらなくなったこと、実はやったことがなかったことに挑戦しようと思ったんです。そしたら、一気に見えるものが増えて書くのが楽しくなって(笑)」

古賀及子さん

 古賀さんが挑戦したのは、駅のワーキングブースを使う、シエスタを取る、ロボット掃除機を使う、かつてのバイト先に行く、家族の記念日とは別に年に一度の日を作る、など様々。突飛なものはなく、まさしく「地味なこと」ばかりだ。

 さらに古賀さんの日常に影響を及ぼすのが、優しい高校生の息子と、自由で独特な感性の中学生の娘だ。3人は仲が良い。一緒に買い物に行くし、会話するし、思いが通じ合っている。

「なぜそうなのかはわからないのですが……。ただ、ふたりともしっかりしているんです。私は何もできないんですよね。勉強もスポーツも苦手だったし、英語もできないし、楽器も弾けないし。“すごがりやすい”というか、宿題できてえらいなとか、手伝ってくれてさすがだなとか。凄みがほとんどなくて、それがふたりにとっては安心だったのかもしれませんね」

『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』から“日記エッセイ”を書き続けている。

「私の日記は、日記でありながら日記ではないような……。ライターとして働いていたウェブメディアでも、自分の半径1メートル圏内で面白がろうとしていました。すごく怒った嫌なことや激烈な感情も、なんでもないかのようにとぼけて書く。プライベートな日記ではあるので不思議なのですが、これでこそ表現できているのだと思います」

〈未知のなかに、世界は輝き続ける〉。古賀さんの確信が、読者を、ささやかだが愛おしい気づきに導くのだ。

「生きることを見つけて、かっこいい文章で書きたい。それが私の野心ですね」

こがちかこ/1979年、東京都生まれ。エッセイスト。2003年よりウェブメディア「デイリーポータルZ」に参加。18年よりはてなブログ、noteで日記を公開。著書に『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『おくれ毛で風を切れ』『好きな食べ物がみつからない』『おかわりは急に嫌 私と『富士日記』』など。